15.赤坂宿~垂井宿

約7.3km

フォトジェニックでレトロな建物が建つ赤坂港跡と徳川家康が上洛時、休泊のために設けたお茶屋敷がのこる赤坂宿を出発し、昼飯大塚古墳、美濃国分寺跡などの史跡を巡り垂井宿へ

 

  【コースの見どころ】

 ・赤坂宿

 ・赤坂湊跡

 ・赤坂港会館

 ・旧清水家住宅

 ・増田家住宅(お嫁入り普請探訪館)

 ・お茶屋屋敷跡

 ・昼飯大塚古墳

 ・美濃国分寺跡

 ・大垣市歴史民俗資料館

 ・垂井追分(道標)

 ・垂井宿お休み処旧旅籠長浜屋

 ・垂井宿

赤坂宿

「赤坂宿」は、古くから杭瀬川の水運の渡し場として発展してきたが、転機が訪れたのは皇女・和宮御降嫁による『お嫁入り普請』。街道沿いが大改修され、その一部は今も残っています。

旧清水家住宅

文久元年(18616年)10月20日に京都を発った皇女和宮一行は、25日朝に柏原を出発し、関ケ原で昼を、垂井で休憩をとり、赤坂宿でお泊りになられました。当時、赤坂の本陣は間口24間4尺、邸の敷地は2反6畝26歩、建物の坪数はおよそ239坪あり、玄関・門構えも豪勢なものであったといわれています。

お茶屋屋敷跡

関ケ原の戦いの後、征夷大将軍となった徳川家康が京へ上洛するために四里ごとに造らせた将軍家専用の休憩・宿泊場所です。中山道六十九次の中で唯一残っている貴重な史跡として残っています。現在はボタン園(4月下旬が見ごろ)として有名です。


昼飯大塚古墳

ヤマトタケルの兄・大碓命(おおうすのみこと)の墓。前兆150m、東海地方最大級といわれる前方後円墳で、国の史跡に指定されています。

美濃国分寺跡

聖武天皇の頃、国情不安を鎮撫するため、各国に国分寺の建設が命じられました。美濃国分寺は全国でも最大級の規模を誇り、当時は七重の塔もそびえ立っていました。美濃国司は「今昔物語」や「御伽草紙」の主人公でもある源頼光が務めていました。

大垣市歴史民俗資料館

国分寺に隣接する歴史民俗資料館では、美濃国分寺跡から発掘された貴重な出土品と判明した寺跡の全貌を公開し、あわせて大垣地方の考古資料・民俗資料の一部を展示しています。


垂井宿お休み処旧旅籠長浜屋

江戸時代に旅籠屋として栄えた築200年以上の長浜屋。13代将軍・徳川家定に嫁ぐ有姫ら総勢3,200名が垂井宿に泊まった際には、御輿担ぎが23名も泊まったという記録が残っています。

垂井宿

「垂井宿」は、中山道と美濃路の分岐点であり、古くから交通の要衝として栄えました。文化年間に建てられた油屋宇吉家跡のほか、現在も宿泊ができる安永年間に建てられた旅籠・亀丸屋などの旧家が現在もその姿をとどめ、宿場町の趣を存分に感じることができます。